

気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC)第4次評価報告書には「地球の気温が1〜3℃上昇すると生物種の20〜30%が絶滅の危機に瀕する」と予測されています。この報告から生物の一種である人間は大丈夫なのか?ということが気になります。まず、生物学的に人間という生物種そのものは、恒温動物であり、温度変化には強い種です。さらに衣類や住居などの人工物によって身を守る文化的な適応力も身につけているので、気温が2〜3℃上昇しても絶滅することはないと考えられます。ただし、これは人間と温度の関係だけからみたリスク評価に過ぎず、実際の温暖化にともなう人間存続の可能性に関するシナリオは、それほど単純なものではありません。
IPCCの報告書では、温暖化によって生物種が多数絶滅する恐れがあると警告しています。実際に近年、高山帯や北極などの寒冷地において、気温の上昇が原因で減少していると考えられている生物種はいくつか報告されています。暑さに弱い生物が温度上昇で滅んでいくという事例は直感的にもよくわかる話ですが、それで実際に地球全体の生物多様性が減少するのか、といわれると生物学的には見解が分かれます。
温暖化により、むしろ生物多様性は高まるという意見もあります。実際に地球上で最も生物多様性が高い地域、すなわち、生物種数と個体数が大きい地域は、赤道に近い熱帯の地域です。特に熱帯雨林と呼ばれるジャングル地帯は地球全体の陸上面積のわずか7%しか占めませんが、陸上生物の40%以上がこの地帯に生息するといわれています。温暖化によって熱帯地域が広がれば、生物多様性の高い地域も広がるというのが温暖化による生物多様性上昇論です。暑さに弱い生物の一部は滅ぶだろうが、代わりに増える種もあるし、進化も起こる。確かに生物学的に考えればこの説は正しいといえます。ところが、実際には、この仮説とは裏腹に、現在、地球上の生物は急速にその数を減らしています。これはいったいどういうことでしょうか?
地球上では35億年の生物史上5回の大絶滅が起きたとされ、現在、人の手によって6回目の大絶滅が起きようとしていると危惧されています。一番最近の大絶滅は、恐竜の絶滅で知られる白亜紀後期(約6,500万年前)に起きた大絶滅で、生物全体の半数以上の種が絶滅したと考えられています。しかし、この自然現象による大絶滅では、数百万年かけて徐々に生物は絶滅しており、その絶滅速度は1年あたり10〜100種であったと計算されます。ところが、現代の絶滅速度は桁違いに速く、1年間に40,000種もの生物が絶滅していると考えられています。
もともと絶滅という生物現象は、新しい種の進化を促し、新しい生物多様性を作り出す上でも重要な役割を果たしてきました。例えば恐竜の絶滅は、それまでネズミのような小動物として隠れて生きてきた哺乳類に進化の場を与え、哺乳類の多様性を一気に花開かせ、われわれ人間も地球上で繁栄できるようになったのです。しかし、現代の絶滅速度はあまりに速すぎて、次の世代の生物種を生み出す進化時間が追いつかず、生物多様性が完全に崩壊してしまうのではないかと危惧されています。
世界自然保護連合(the International Union for Conservation of Nature: IUCN)の調査によれば、現代の絶滅をもたらしている最大の要因は、人間活動による生息地の破壊とされます。そして、特に絶滅の進行が著しい地域は、熱帯雨林とされます。先にも述べたように、地球上で最も生物多様性が高い地域である熱帯林は、地球上のわずかな面積を占めているに過ぎず、その小さなエリアで猛烈な勢いで森林伐採と土地開発が進められることで、地球全体の生物多様性が大きく減少しているのです。
たとえ熱帯林が破壊されても温暖化すれば南の生き物が北へ移動するので大丈夫、という、先に述べた楽観論も実際にはそう簡単に通用はしません。既に「北の地域」とされる先進諸国の自然環境は撹乱が進み、生物の生息地はズタズタに分断化されており、南の生物が北へ逃げようとしても生息環境がそこに無い以上、逃げられない訳です。
熱帯林の破壊に限らず、資源としての生物の乱獲、農薬や化学肥料の大量使用、廃棄物の投棄、外来生物の蔓延…など、さまざまな形で人間は環境に負荷を加え、生物多様性にダメージを与えています。そして、こうした人間活動そのものが温暖化の進行にも結びついているのです。
そもそも地球温暖化を招いている究極要因は、人間によるエネルギーの過剰消費にあります。本来、地球上の生物は、生態系というシステムの中で物質とエネルギーの循環を行い、その生息数のバランスをとってきました。すなわち、太陽エネルギーによって植物が二酸化炭素と無機物から酸素と有機物を作り出し、それを1次消費者である草食動物が利用して、さらにその草食動物を高次消費者である肉食生物が利用して、という生物の階層性が構築され、各階層で利用できるエネルギーと物質に限りがあるので、必然的に個体数も制限され、高次消費者になるほど個体数が小さくなるという生態系ピラミッドが造られていたのです。
ところが人間の人口が爆発的に増加している現代では、このような生態系ピラミッドは完全に崩壊して、巨大な消費者の傘として人間は生態系の頂点にのしかかっています。これだけ巨大な人口を支えるには太陽光だけではエネルギーが足りず、人間は化石燃料を掘り出して、資源として燃焼し続けています。そして大量の食糧を確保するための乱獲や農業面積の拡大、大量消費に伴う廃棄物の環境中への放出など、重圧な環境負荷が自然生態系の循環システムを完全に狂わせています(図1)。
[図1]左:自然生態系の構成(エネルギー源は太陽光で、生産者相、消費者相および分解者相からなる生物相によって有機物・無機物が完全に循環している。)
右:人口増加による自然生態系の崩壊(人間は巨大な消費者としてあらゆる階層の生物資源を消費するとともに、不足するエネルギーを化石燃料で補い、その燃焼に伴って大量の二酸化炭素ガスを排出している。)
こうしたエネルギーと物質の大量消費が、地球温暖化を進行させていると同時に、生物の生息環境も悪化させて、生物多様性の減少を招いているのです。従って、温暖化が進むと生物多様性が減少するのではなく、温暖化進行プロセスが生物多様性の減少を招いていると理解すべきなのです。
何よりも忘れてならないのは、われわれ人間にとって、自然生態系はなくてはならないものだということです。われわれの生命活動に必須の酸素や水を供給してくれるのも、さらに農作物の新しい品種や医薬品の素材となる植物・微生物などの遺伝子資源や、レクリエーションや野外活動の場となるフィールド、美しい風景といった観光資源など人間社会に不可欠な資源と機能を提供してくれるのもすべて自然生態系なのです。すなわち、人間は他の生物種以上に自然生態系に依存しており、その恩恵なくしてはわれわれ人間の存在は成り立たないのです。人間を頂点とした不安定な生態系ピラミッドはいつ崩壊するかわかりません。取り返しのつかない事態が起こるかもしれないという予測不能性を十分に考慮して、これ以上生物多様性が減少しないように策を講じることは、人間の存続のためにも大切なことだといえます。
地球温暖化の原因、機構、影響等を、図とテキストを用いて解説しています。
地球環境研究センターで研究している温暖化問題をパンフレットにしました。
[PDFファイル3.77MB]
地球環境研究センターニュースの連載をまとめました。[PDFファイル]